2008/02/11 (Mon) 考察・回転銀河(5・収録予定) 18話 −海野つなみ

「悪魔に魅入られし娘」 −掲載話・題名より

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(2008/02/08)
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このお話を読むことを物凄く楽しみにしていたので、
感想も半端でない量になってしまいました。

なので、ちょっと理屈っぽく読んだ「考察」の部と
感情の赴くままに書き散らかす「感想」の部という、
2つの記事に分けることにしました。

この記事は「考察」の部です。

趣味・辞書引きなので、辞書の引用など交えつつ書いてあります。


『回転銀河』3巻と、5巻収録予定の18話の内容がネタばれしています。
そして超・長文ですので、ご注意ください。


:::: はじめに ::::

「人はなぜ なにかに執着するのだろう」

という、弟の問題提起。そこから私が疑問に思ったのは、

−兄はなぜ、「和倉ちゃん」に執着するのだろう?
−そもそも、「執着」ってなんだろう?

ということでした。


まずはじめに、「執着」とは、辞書(*1)によると

しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。

「強く」、「心が惹かれ」て、「離れられない」。
これはなかなか、二人の関係の核心を突いているような気がします。



:::: 兄はなぜ、「和倉ちゃん」に執着するのか ::::

兄と和倉ちゃんは、お互いに「中間」の存在だと思います。

しかし兄にとっての「中間」は、「中途半端」で「宙ぶらりん」という意味です。
それは兄のような性格の持ち主には気持が良くない、
望まざる状態と言えるでしょう。

そして兄の「中間」には二種類あると思うので、それを順に見てみます。


1、自分のものにもしないし、他人のものにもさせない、という「中間」

◇「自分のもの」にしない

「わかりやすく周囲を圧倒する」外見という、外面的な価値を重視している双子。
外見が見劣りすること、
それが気に入っていても和倉ちゃんを「自分のもの」にしない
最大にして唯一の障害となっているようです。

では、そんな和倉ちゃんと、兄の「自分のもの」である彼女を比べてみます。

<兄→和倉ちゃん>
・外見:見劣る
・関係:「自分のもの」にもしないが、「他人のもの」にもさせない
・つなぎとめる:手をわずらわさなければいけない
    ↑↓
<兄→彼女・絵梨香ちゃん>
・外見:見劣らない
・関係:「自分のもの」=「彼女」
・つなぎとめる:簡単

「自分のもの」にしていない、つまり付き合う等の形式・契約がないのだから
繋ぎ留めるのが難しいのは、ある意味では当然かも知れません。

でも、それだけではないと思います。
弟が言っていた

「好かれてるから(簡単につなぎとめることが)できたんだなって
 こっちが好きになるとできないもんだな」

ということ、これがまさに兄と和倉ちゃんの状態にも当てはまっています。

「好き」を広い意味で「心惹かれる気持ち」=「執着」と捉えれば、
兄の和倉ちゃんへの「執着」が、和倉ちゃんのそれよりも
相対的に強いことが伺えます。


◇「他人のもの」にさせない

さて、美意識上「自分のもの」にできない和倉ちゃんを
「他人のもの」にさせないため、偉く大仰なことになっていた今回ですが、
「他人のもの」になる可能性が生じたことは、兄の変化を呼び起こした模様です。

まず、恋の潰し方。
「花が咲く直前にむしる」ではなく
「芽を出す前に摘む」という地味で面倒な方法を選んだのは、
悪魔らしくなくて、「気に入っている」と言うよりも
大事にしてるんだなあと思いました。

そして、和倉ちゃんに知られず且つダメージが少ない方を
自ら選んだにも係わらず、
「なにも知らずにヘラヘラ」している様子に腹を立てた末に
導き出した結論が、

「あいつが俺を好きになればいいんだ」

これは、もう一つの「中間」に大きく影響を与えるものではないでしょうか。


2、関係や感情を定義「できない」、という「中間」

和倉ちゃんとの関係については

「男と女に友情は成立しない」
「そんな感情は存在しない」
「何も引っかかってなんかない」
「(夢中になることなんて)ありえなさ過ぎて笑ったよ」

と、とにかく否定的で、定義すること自体を拒否している感すらありました。

それが、つなぎとめるのに手をわずらわされたことで
上の「あいつが俺を好きになればいいんだ」に思い至った。

「好き」という、恋愛に関する言葉が登場したことは大きな出来事でしょう。


◇「中間」だからこそ「執着」する

もし和倉ちゃんが見劣りしない存在だったら、
このようなややこしい状態には絶対になっていないと思います。

そしてややこしくなかったら、
ここまで「執着」していたのか?という疑問も起こります。

兄にとっての「中間」、
誰のものにもできなかったり定義できなかったりという、持て余すような状態が
逆に「執着」を煽っているようですし、

和倉ちゃんとっての「中間」すなわち「中立」性も
「縛ってやりたい」という加虐心を煽るようです。

思うようにならないから余計に気になる、というのは分かるような気がします。


「和倉ごとき」なんて暴言を吐いてますが、色々な意味で
「ごとき」じゃなくて「だからこそ」、なんでしょうね。




:::: 「執着」とは何か ::::

◇「執着」対「夢中」

ここで、兄と弟の比較を通して、改めて「執着」とは何か考えたいと思います。
兄と弟と言うより、
兄→和倉ちゃん、弟→彬子さんの関係を比べてみます。

<兄→和倉ちゃん>
・外見:見劣る
・感情:定義できない/「執着」心/独占=「自分のもの」にはしない
   ↑↓
<弟→彬子さん>
・外見:見劣らない
・感情:恋愛/「夢中」/独占欲

両者の違いである「執着」と「夢中」は、どのように違うのでしょうか?

しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。
  ↑↓
むちゅう[夢中] : 何かに熱中して、心をうばわれるようす。

「夢中」の説明にある、「熱中」というのが
弟の言うところの「溺れる」に相当するのかも知れません。

確かに、「執着」の方が「溺れ過ぎない」感じはします。
が、「離れられない」ということは
「執着」することで自分自身が縛られ、捕らわれるということに他なりません。

そう、兄自身が以前言っていた

「何かに夢中になると それ自体に縛られるって言ってるんだ」

は、「夢中」だけでなく「執着」にもそのまま当てはまるのです。
名前は違えど、とてもよく似た感情であることが分かります。

「独占」に関しても、
「他人のもの」にもさせない、という形で「包囲」はしているので、
よりひねくれた形の「独占」と言えないこともありません。


◇「縛る」と「縛られる」

同様に、和倉ちゃんが最後に言っている

「わたしも(悪魔に)捕まってるかもな」
「人に縛られるのは嫌いなくせに 人を縛るのは大好きなんだから」

に登場する言葉、

「縛る/縛られる」 「捕まえる/捕まる」

も、「執着」と関係が深く、興味深いです。

「縛る」「捕まえる」という能動の動作主と、
「縛られる」「捕まる」という受動の動作主とでは
どちらがより「執着」しているのでしょうか?

それは難しい問題ですが、能動の動作主=この場合の兄に関しては
相手を「縛る」と同時に自分も「縛られる」し、
相手を「捕まえる」と同時に
取り押さえた側の自分も「捕まる」のと同じ状態になるでしょう。

「縛ってやりたい」対象の和倉ちゃんに
「縛るのが大好き」という「執着」を持てば持つほど、
縛る側の兄は、自身の感情に絡めとられ縛られてしまうはずです。

こういう相性なのでしょうか、この二人は。


◇「執着」の辞書的意味より

「執着」についての最後に、もう一度辞書に登場してもらいます。

しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。
⇒こころひかれる[心惹かれる] : 心がひきつけられる(←受動)
⇒ひきつける[惹き付ける](←能動)相手の心を自分のほうへ強く向かせる

最後の下線部ですが、弟が言っていた、兄が和倉ちゃんに対して持つ

「“気にしている相手の気持ちを自分に向けさせたい”って
 いちばん スタンダードな愛情の欲求じゃないか」

に見事に繋がります。

「執着」しているために
自分が相手に気持ちを向けさせられているから、
相手にも自分に気持ちを向けてもらいたい、という
シンプルな欲求なのですね。




:::: 和倉ちゃんの、兄への「執着」 ::::

◇「中立」という「中間」

なかなかに厄介なのは、実はこちらだと思います。

和倉ちゃんにとっての、兄との「中間」の関係は
「恋人じゃなく」「見ていたいのよ」、という
自ら望んでの、一定の距離を保った「中立」ですよね。
そこが兄との大きな違いです。

この「中立」という状態は、「恋」と両立し得ないものだと思います。

ちゅうりつ[中立] : どちらにもかたよらないこと

であり、「恋」のような利己的な感情とは対極にありますから。

しかも和倉ちゃんは
「常に物事の価値をちゃんと『わかった』上で」の「中立」なので、
自分に関する客観的な価値も分かってしまっている。

「普通」や「凡人」と繰り返し言っていますから、
彼女の自分自身に対する評価はその様なものなのでしょう。


◇「外面」対「内面」、「客観」対「主観」

確かに、客観的に見た外面的な容姿・成績などのデータは
「平凡」かも知れません。
けれども彼女の「非凡」な点であり、兄が惹かれているのは
一見して分からない内面的な価値なのです。

それに、主観的な価値というものも存在します。
多くの人から見ると「平凡」でも、ある人にとっては「非凡」で「特別」である、
なんていうのは、ままあることです。
まして「執着」は、主観的な価値を根拠に成り立つものでしょう。

でも和倉ちゃんはその辺りの自覚がまるでない。
これこそが、なかなかに厄介な状態の元凶なのですね。


◇「中立」だけど「執着」する

そんな「中立」で自己の価値に無自覚な彼女ですが、
兄への「執着」を持っていることは自覚しているようです。

「もう わたしも 捕まってるかもな」

というのは、
捕まえたいという「執着」に「捕まっている」と解釈してよいのでしょうか?
少なくとも、愛情の一つである友情という「執着」はあるのですよね。

常に「中立」な彼女も好きですが
「執着」しても尚、楽しみを見出そうとする姿は、さらに素敵だと思いました。




:::: これから ::::

◇兄の方の問題

兄自身の問題としては、
「執着」>「美意識」 にならなければ関係は発展しない、ということでしょう。

美意識=生き方だそうなので、
生き方を覆すというのは並大抵ではない気がしますが
和倉ちゃんへの「執着」も並大抵ではないので、どうなるか楽しみです。

この二人の行く末は、和倉ちゃんよりも「執着」が強い
兄の出方に掛かっているのは間違いありません。


◇和倉ちゃんの方の問題

彼女の場合、
「執着」>「中立」 にならなければ「恋」にはならないことです。

和倉ちゃんが兄に「恋」することは、兄が望み始めた「好き」の状態ですが
その想いを実現するには、大きな変化が要りそうです。

また友情という愛情のままであるにしても、
被服室という場を失った後は
「執着」が強まらなければ関係が続かないかも知れません。

でもやはり和倉ちゃんの出方よりも、兄の出方次第である気がしてなりません。


*1) 辞書の引用、『三省堂国語辞典 第四版』
* 本文内引用、『回転銀河』(3)11話、(5)収録予定・18話


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