「悪魔に魅入られし娘」 −掲載話・題名より
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このお話を読むことを物凄く楽しみにしていたので、
感想も半端でない量になってしまいました。
なので、ちょっと理屈っぽく読んだ「考察」の部と
感情の赴くままに書き散らかす「感想」の部という、
2つの記事に分けることにしました。
この記事は「考察」の部です。
趣味・辞書引きなので、辞書の引用など交えつつ書いてあります。
『回転銀河』3巻と、5巻収録予定の18話の内容がネタばれしています。
そして超・長文ですので、ご注意ください。
:::: はじめに ::::
「人はなぜ なにかに執着するのだろう」
という、弟の問題提起。そこから私が疑問に思ったのは、
−兄はなぜ、「和倉ちゃん」に執着するのだろう?
−そもそも、「執着」ってなんだろう?
−そもそも、「執着」ってなんだろう?
ということでした。
まずはじめに、「執着」とは、辞書(*1)によると
しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。
「強く」、「心が惹かれ」て、「離れられない」。
これはなかなか、二人の関係の核心を突いているような気がします。
:::: 兄はなぜ、「和倉ちゃん」に執着するのか ::::
兄と和倉ちゃんは、お互いに「中間」の存在だと思います。
しかし兄にとっての「中間」は、「中途半端」で「宙ぶらりん」という意味です。
それは兄のような性格の持ち主には気持が良くない、
望まざる状態と言えるでしょう。
そして兄の「中間」には二種類あると思うので、それを順に見てみます。
1、自分のものにもしないし、他人のものにもさせない、という「中間」
◇「自分のもの」にしない
「わかりやすく周囲を圧倒する」外見という、外面的な価値を重視している双子。
外見が見劣りすること、
それが気に入っていても和倉ちゃんを「自分のもの」にしない
最大にして唯一の障害となっているようです。
では、そんな和倉ちゃんと、兄の「自分のもの」である彼女を比べてみます。
<兄→和倉ちゃん>
・外見:見劣る
・関係:「自分のもの」にもしないが、「他人のもの」にもさせない
・つなぎとめる:手をわずらわさなければいけない
↑↓
<兄→彼女・絵梨香ちゃん>
・外見:見劣らない
・関係:「自分のもの」=「彼女」
・つなぎとめる:簡単
・外見:見劣る
・関係:「自分のもの」にもしないが、「他人のもの」にもさせない
・つなぎとめる:手をわずらわさなければいけない
↑↓
<兄→彼女・絵梨香ちゃん>
・外見:見劣らない
・関係:「自分のもの」=「彼女」
・つなぎとめる:簡単
「自分のもの」にしていない、つまり付き合う等の形式・契約がないのだから
繋ぎ留めるのが難しいのは、ある意味では当然かも知れません。
でも、それだけではないと思います。
弟が言っていた
「好かれてるから(簡単につなぎとめることが)できたんだなって
こっちが好きになるとできないもんだな」
こっちが好きになるとできないもんだな」
ということ、これがまさに兄と和倉ちゃんの状態にも当てはまっています。
「好き」を広い意味で「心惹かれる気持ち」=「執着」と捉えれば、
兄の和倉ちゃんへの「執着」が、和倉ちゃんのそれよりも
相対的に強いことが伺えます。
◇「他人のもの」にさせない
さて、美意識上「自分のもの」にできない和倉ちゃんを
「他人のもの」にさせないため、偉く大仰なことになっていた今回ですが、
「他人のもの」になる可能性が生じたことは、兄の変化を呼び起こした模様です。
まず、恋の潰し方。
「花が咲く直前にむしる」ではなく
「芽を出す前に摘む」という地味で面倒な方法を選んだのは、
悪魔らしくなくて、「気に入っている」と言うよりも
大事にしてるんだなあと思いました。
そして、和倉ちゃんに知られず且つダメージが少ない方を
自ら選んだにも係わらず、
「なにも知らずにヘラヘラ」している様子に腹を立てた末に
導き出した結論が、
「あいつが俺を好きになればいいんだ」
これは、もう一つの「中間」に大きく影響を与えるものではないでしょうか。
2、関係や感情を定義「できない」、という「中間」
和倉ちゃんとの関係については
「男と女に友情は成立しない」
「そんな感情は存在しない」
「何も引っかかってなんかない」
「(夢中になることなんて)ありえなさ過ぎて笑ったよ」
「そんな感情は存在しない」
「何も引っかかってなんかない」
「(夢中になることなんて)ありえなさ過ぎて笑ったよ」
と、とにかく否定的で、定義すること自体を拒否している感すらありました。
それが、つなぎとめるのに手をわずらわされたことで
上の「あいつが俺を好きになればいいんだ」に思い至った。
「好き」という、恋愛に関する言葉が登場したことは大きな出来事でしょう。
◇「中間」だからこそ「執着」する
もし和倉ちゃんが見劣りしない存在だったら、
このようなややこしい状態には絶対になっていないと思います。
そしてややこしくなかったら、
ここまで「執着」していたのか?という疑問も起こります。
兄にとっての「中間」、
誰のものにもできなかったり定義できなかったりという、持て余すような状態が
逆に「執着」を煽っているようですし、
和倉ちゃんとっての「中間」すなわち「中立」性も
「縛ってやりたい」という加虐心を煽るようです。
思うようにならないから余計に気になる、というのは分かるような気がします。
「和倉ごとき」なんて暴言を吐いてますが、色々な意味で
「ごとき」じゃなくて「だからこそ」、なんでしょうね。
:::: 「執着」とは何か ::::
◇「執着」対「夢中」
ここで、兄と弟の比較を通して、改めて「執着」とは何か考えたいと思います。
兄と弟と言うより、
兄→和倉ちゃん、弟→彬子さんの関係を比べてみます。
<兄→和倉ちゃん>
・外見:見劣る
・感情:定義できない/「執着」心/独占=「自分のもの」にはしない
↑↓
<弟→彬子さん>
・外見:見劣らない
・感情:恋愛/「夢中」/独占欲
・外見:見劣る
・感情:定義できない/「執着」心/独占=「自分のもの」にはしない
↑↓
<弟→彬子さん>
・外見:見劣らない
・感情:恋愛/「夢中」/独占欲
両者の違いである「執着」と「夢中」は、どのように違うのでしょうか?
しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。
↑↓
むちゅう[夢中] : 何かに熱中して、心をうばわれるようす。
↑↓
むちゅう[夢中] : 何かに熱中して、心をうばわれるようす。
「夢中」の説明にある、「熱中」というのが
弟の言うところの「溺れる」に相当するのかも知れません。
確かに、「執着」の方が「溺れ過ぎない」感じはします。
が、「離れられない」ということは
「執着」することで自分自身が縛られ、捕らわれるということに他なりません。
そう、兄自身が以前言っていた
「何かに夢中になると それ自体に縛られるって言ってるんだ」
は、「夢中」だけでなく「執着」にもそのまま当てはまるのです。
名前は違えど、とてもよく似た感情であることが分かります。
「独占」に関しても、
「他人のもの」にもさせない、という形で「包囲」はしているので、
よりひねくれた形の「独占」と言えないこともありません。
◇「縛る」と「縛られる」
同様に、和倉ちゃんが最後に言っている
「わたしも(悪魔に)捕まってるかもな」
「人に縛られるのは嫌いなくせに 人を縛るのは大好きなんだから」
「人に縛られるのは嫌いなくせに 人を縛るのは大好きなんだから」
に登場する言葉、
「縛る/縛られる」 「捕まえる/捕まる」
も、「執着」と関係が深く、興味深いです。
「縛る」「捕まえる」という能動の動作主と、
「縛られる」「捕まる」という受動の動作主とでは
どちらがより「執着」しているのでしょうか?
それは難しい問題ですが、能動の動作主=この場合の兄に関しては
相手を「縛る」と同時に自分も「縛られる」し、
相手を「捕まえる」と同時に
取り押さえた側の自分も「捕まる」のと同じ状態になるでしょう。
「縛ってやりたい」対象の和倉ちゃんに
「縛るのが大好き」という「執着」を持てば持つほど、
縛る側の兄は、自身の感情に絡めとられ縛られてしまうはずです。
こういう相性なのでしょうか、この二人は。
◇「執着」の辞書的意味より
「執着」についての最後に、もう一度辞書に登場してもらいます。
しゅうちゃく[執着] : 強く心がひかれて、はなれられないこと。
⇒こころひかれる[心惹かれる] : 心がひきつけられる(←受動)
⇒ひきつける[惹き付ける](←能動) : 相手の心を自分のほうへ強く向かせる
⇒こころひかれる[心惹かれる] : 心がひきつけられる(←受動)
⇒ひきつける[惹き付ける](←能動) : 相手の心を自分のほうへ強く向かせる
最後の下線部ですが、弟が言っていた、兄が和倉ちゃんに対して持つ
「“気にしている相手の気持ちを自分に向けさせたい”って
いちばん スタンダードな愛情の欲求じゃないか」
いちばん スタンダードな愛情の欲求じゃないか」
に見事に繋がります。
「執着」しているために
自分が相手に気持ちを向けさせられているから、
相手にも自分に気持ちを向けてもらいたい、という
シンプルな欲求なのですね。
:::: 和倉ちゃんの、兄への「執着」 ::::
◇「中立」という「中間」
なかなかに厄介なのは、実はこちらだと思います。
和倉ちゃんにとっての、兄との「中間」の関係は
「恋人じゃなく」「見ていたいのよ」、という
自ら望んでの、一定の距離を保った「中立」ですよね。
そこが兄との大きな違いです。
この「中立」という状態は、「恋」と両立し得ないものだと思います。
ちゅうりつ[中立] : どちらにもかたよらないこと
であり、「恋」のような利己的な感情とは対極にありますから。
しかも和倉ちゃんは
「常に物事の価値をちゃんと『わかった』上で」の「中立」なので、
自分に関する客観的な価値も分かってしまっている。
「普通」や「凡人」と繰り返し言っていますから、
彼女の自分自身に対する評価はその様なものなのでしょう。
◇「外面」対「内面」、「客観」対「主観」
確かに、客観的に見た外面的な容姿・成績などのデータは
「平凡」かも知れません。
けれども彼女の「非凡」な点であり、兄が惹かれているのは
一見して分からない内面的な価値なのです。
それに、主観的な価値というものも存在します。
多くの人から見ると「平凡」でも、ある人にとっては「非凡」で「特別」である、
なんていうのは、ままあることです。
まして「執着」は、主観的な価値を根拠に成り立つものでしょう。
でも和倉ちゃんはその辺りの自覚がまるでない。
これこそが、なかなかに厄介な状態の元凶なのですね。
◇「中立」だけど「執着」する
そんな「中立」で自己の価値に無自覚な彼女ですが、
兄への「執着」を持っていることは自覚しているようです。
「もう わたしも 捕まってるかもな」
というのは、
捕まえたいという「執着」に「捕まっている」と解釈してよいのでしょうか?
少なくとも、愛情の一つである友情という「執着」はあるのですよね。
常に「中立」な彼女も好きですが
「執着」しても尚、楽しみを見出そうとする姿は、さらに素敵だと思いました。
:::: これから ::::
◇兄の方の問題
兄自身の問題としては、
「執着」>「美意識」 にならなければ関係は発展しない、ということでしょう。
美意識=生き方だそうなので、
生き方を覆すというのは並大抵ではない気がしますが
和倉ちゃんへの「執着」も並大抵ではないので、どうなるか楽しみです。
この二人の行く末は、和倉ちゃんよりも「執着」が強い
兄の出方に掛かっているのは間違いありません。
◇和倉ちゃんの方の問題
彼女の場合、
「執着」>「中立」 にならなければ「恋」にはならないことです。
和倉ちゃんが兄に「恋」することは、兄が望み始めた「好き」の状態ですが
その想いを実現するには、大きな変化が要りそうです。
また友情という愛情のままであるにしても、
被服室という場を失った後は
「執着」が強まらなければ関係が続かないかも知れません。
でもやはり和倉ちゃんの出方よりも、兄の出方次第である気がしてなりません。
*1) 辞書の引用、『三省堂国語辞典 第四版』
* 本文内引用、『回転銀河』(3)11話、(5)収録予定・18話
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